スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ヨン次元空間さらに発生

メビウスリングの とある板においてまたもやヨン様
ファブファブ族っぷりが発揮された
今回もまた全てまとめてから・・・と思ったが緊急性の高さ故
目立ったところからランダムに踏みつぶしていく
多少見にくいとお感じになるかも知れないがご容赦頂きたい
まずはヨン様の登場場面を全引用する
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
>ファブヨン★HZTsIJVCo52
>皆さん始めまして。【注88】
>自分は言葉による暴力と物理的な
 暴力は全く同じ
だと考えます。【4説17】
>理由は、人はストレスを受けると、体に変化が起きるからです。
>内臓に潰瘍が起きることは良く知られてますが、その他にも
 (頑張ろうとしてエネルギー供給のために分泌される)糖質
 コルチコイドという神経伝達物質が多過ぎると福作用【注89】
 のような効果で神経(海馬の樹状突起など)を萎縮させるそう
 です。【注90】
>だから、強いあるいは長期に続くストレスは、内臓を溶かして
 出血させたり、ウツ、記憶障害、PTSDなどの症状がでるほど
 神経を傷つけるということになると思います。【注91】
言葉の暴力は、殴り続けたりナイフで切り刻むことと
 怪我を負わせるという意味で
 実質的な差がないと考えます。【4説18】
>ただ、今現在は、体の内か外かという視認性の差から、
 認められ難かったり見落とされてるだけで、将来的には
 同じ暴力だと認定される社会になるのではと思い
 ます。【4説19】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
これがヨン様の最初の投稿の全て
次にヨン様が発言するまで日間
当然に全ての日本人はこの投稿で
述べられていることこそヨン様の
主張したいものである
と判断する
そこに異存のある者は 少なくともここを読んでいる諸兄には
いないだろう
さぁ その上でヨン様の主張を見てみようではないか
【4説17~19】
ここを読んでみて
言葉による暴力と肉体的な暴力が
暴力として同質のものである
という”以外の”理解が可能か?
いや不可能だ(反語)
通常の日本語でそれが可能だと言う御仁がおられるならば 
是非猫にご教示頂きたい これが今回のことの発端だ 以下次回
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【注88】
第一声からこれだよw 一体何を始めるのか?
ああそうか ヨン次元空間の製造かw
【注89】
聞いたことねぇ作用www
ヨン様にとっては神経が萎縮することは”福”なんだな
そりゃそうか また一歩自分の負け犬ぶりを認知しないで済む
方向に近づく
んだからな
【注90】
ストレスで体を悪くするなんてのは
誰でも知ってる
ことだ
しかも”肉体的”暴力と対比して”肉体的ダメージ”を論じよう
と言うのだから”ストレス性潰瘍とかがあることは皆さん知って
ますよね またストレスによる自殺ということもあるのです”の
一言で終わる問題
それにも関わらず無意味に専門知識的な用語を振りまくヨン様
いつもの僕ちゃん専門知識知ってます攻撃
【注91】
残念ながらこれの主旨自体は間違いない しかしである
専門用語を振りまいてみても結局はヨン様
”内蔵を溶かして”
なんて今日び中学生でも言わねぇよwww
スポンサーサイト

コメント

Secret

あざーす

>猫さん

目印記事ありがとうございます。
広報とともに小さき者さんの投稿も削除は痛いです。

自分はDQNの表現が禁則に掛かったみたいですが、小さき者さんは【中学生じゃないですよね?】が多分アウトと判定されたっぽい。

それにしてもヨン様、異次元理論全開だw
バイクと自転車の例えは面白すぎでしょ…

空間の歪みが・・・

槍さんとコーネリアスさん、小さき者さん、その他参加者が懸命に闘っているんですが、ヨン様の羞力による空間の歪みが極限にまで達してまつ

凄まじいwww

ファブラックホールに落ちこまないよう、はらはらしながら見守ってまつ

コーネリアスさん凄くね?

http://aurasoul.mb2.jp/_grn/1278.html-80#a

で今まで、ここで考察された結果と、

http://miorosuneko.blog22.fc2.com/blog-entry-52.html#comment454

でアイドル好きさんが編纂したら面白いかもといった
>「ヨン様ごまかしパターン集」を同時に展開している・・・

広報が効いてたらうれしいけど^^;

たぶん

>広報が効いてたらうれしいけど^^;

たぶん、見てるんじゃないかな・・。
何となくそんな気がする。
普通、ああいうふうに広報されたら、調べてみるでしょう。特にヨン様は、議論している人にしてみれば驚異的な生命体に見えるし、興味も湧くんじゃないかな。

小さき者さんもヨン様のとてつもないすごさにびっくりしてたし。

縁さん、捨て身の広報活動乙

捨て身と言うよりも・・・

>捨て身の広報活動乙

捨て身の広報活動というより、小さき者さんの魂の叫びに呼応してしまっただけです。

以前に自分が感じた事そのままですから、有意義な議論の邪魔をされたくないは自分も思っていたことだし・・・

No title

>猫さん

>そこに依存のある者は 少なくともここを読んでいる諸兄にはいないだろう

依存ではなく異存では・・・
ヨン様は賞賛依存症なので誤変換は分からなくないですが・・・
記事中で誤字の指摘しているのに誤字があるのはおいしくない^^;

ブログタイトルにある

>それからこのブログは嘘偽り無く”異論反論 大歓迎”です

なので鍵掛けようと思いましたが公開コメントでw

やっぱり、メビリンでもフルボッコ

今、やっと追いつきました。
いや~、おいしゅうございました。(岸朝子風に)

コーネリアスさんのフルツッコミは素晴らしい。
「実証例」を隅々までいじる意欲的な作品ですね。

また、ランスさんのツッコミは見ていて、安定感があります。
素材の何たるかを知っている見事な手法です。

相手がヌメヌメと言葉をぼかし、グニャグニャと論を変更する相手だということを、さすがに良く把握しています。その「議論における不正行為」を、きっちりと言質を掴み、追及していますね。


しかし、ヨン様フルボッコシリーズって、
今、何作目? シーズン4くらい?
オチは毎回同じだけど、見てしまう。

No title

猫さん
>ああそうか ヨン次元空間の製造かw

思い出したw
そういえば特撮ヒーロー物で、昔ありましたよね。
引きずりこまれると怪人の能力が上がって、ヒーローが苦戦する空間。

これ↓
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%87%E5%AE%99%E5%88%91%E4%BA%8B%E3%82%AE%E3%83%A3%E3%83%90%E3%83%B3#.E7.94.A8.E8.AA.9E

この空間にイメージピッタリww


>>福作用のような効果で
>聞いたことねぇ作用www

和露他ww(←最初の変換候補を使ってみました)
しまった。気が付かなかった。
ヨン様ごめんよ。全力でボケをかましていたのに見逃してたよ。まさか、そんなところにまで仕込んでいるとは思わなかったよw

No title

縁氏
>広報とともに小さき者さんの投稿も削除は痛い
まぁいんじゃね 小者氏は哀れだったがその分管理人の公正さが
強調された訳だし
その公正な基準で今後”コーネリアス氏や槍氏の投稿が削除
されない”となれば より良い訳だ
広報は・・・猫もその内何か考えてみるかな
>今まで、ここで考察された結果
見てくれたのか あるいは”識者が見れば同じ結論に至る”のか
いずれにせよ良く合致するね
>依存ではなく異存では
なおしとく

アイドル好き氏
>ヨン様の羞力による空間の歪みが極限にまで達してまつ
臨界点突破www
>普通、ああいうふうに広報されたら、調べてみるでしょう
あーだがどうだろうな
名前だけで正直にググったら猫のブログは出て来ないからな
”DQN”を追加すれば出て来るガナー

うなぎ犬氏
>ヨン様フルボッコシリーズって、 今、何作目?
生理学談義 犬小屋遠吠え数点 科学スレ そしてメビリン
ヨン作目です 
>引きずりこまれると怪人の能力が上がって、ヒーローが
 苦戦する空間
ギャバンkたwww 蒸着kたwwwっwっwwうぇwww
だがヨン様が発生させるのはマヌー空間

槍氏
ふざけんなwwwwww
長杉んだろ 猫をヌッコロス気かwwwwww

やっべ

キクログで怒られちった てへっ♪

即時撤退しても、よろしいかと・・・

すでに猫さん初投稿の20個前の#99. くっぱさんに対して、
Owner Comment きくち August 24, 2009 @11:05:37
コメントの無意味化が激しいので、そろそろやめていただくのがいいのかなという気がしますが、いかがでしょうか。

さらに#175. 門前の小僧さんのコメントに対して、
Owner Comment きくち September 1, 2009 @09:47:21
実際、ここは無意味化が著しいので、収束ではなく終了方向で。


との意向が示されていますので。

「書き方」というのは多分に主観や個人志向によるところが占めますので、お互いにストレスを溜めてもしょうがない。水の合わないところは、水が合わないということで。

指摘のない#150,151でギリギリといったところでしょうか。だとすると、単語そのものとして非難を含む言葉・言葉使いを、主張完成後に機械的に校正削除していかなければなりません。そこまでして投稿を続ける意味があるのかどうか。

kikulogは、議論志向として相手のふざけた態度を問いただすよりも、何とか集合知を形成していこうというスタンスとお見受けしますが、リアルに言えば、防衛的に冷たく突き放していく立場ともいえる。実名ブログでDQNに恨まれて、粘着されたらたまったもんじゃないですからね。

このコメントなんかも、
Owner Comment きくち September 1, 2009 @09:39:20
よろしければ、くっぱさんと猫さんには、別の場所で続けていただけるとありがたいです。

→翻訳(笑)
だれだ、ここでエサをやって居つかせている奴は。飼うなら自分の部屋で飼え、迷惑だ。
みたいに聞こえますww


特に主張骨子にくっぱさん以外から反論を受けた訳ではないので、即時撤退してもよろしいかと。ヲチや批判は、自分のブログで自由にできますので。

[追記]
もちろん、私は猫さんを支持する立場です。

No title

うなぎ犬氏
>だれだ、ここでエサをやって居つかせている奴は。
 飼うなら自分の部屋で飼え、迷惑だ。
ワロタwwwよし 即時撤退

方言話の挟みかたから…

>猫さん

撤退乙です。
方言話のレスの重ねかたから、住人内では暗黙の了解でスルー推奨なのは見てて判りましたからね、そろそろ来るかなとは思ってました^^;

でも、やっぱり慣れは怖い…、ここでの表現方法に慣れてつい、他の掲示板でも同じ感じで文章書きそうになるw

それにしても槍さんって本当に容赦ないな~w
猫さんの苦労考えてないでしょ^^;

でもコーネリアスさんとレス重ねる中でヨン次元空間(マヌー空間)から通常空間にいつの間にか戻しているのは流石です。

猫さんの判断が際立つな…

>猫さん

例のブログで大王はまだ続けてるみたいですよ。
おかげで、あの時点では猫さんも大王も空気の読めないDQN扱いな感じになっていましたが…、どうしてああいうのは自分で自分の評価を貶める事しかしないんですかね?

No title

>ここでの表現方法に慣れてつい、他の掲示板でも同じ感じで
ここでの表現方法も何も 猫はこれ以外の表現法を知らんw
>猫さんの苦労考えてない
そうだ もっと言ってやれ
>時点では猫さんも大王も空気の読めないDQN扱い
ちくしょぉぉぉぉぉおおお!
>どうしてああいうのは自分で自分の評価を貶める事しかしないんですかね
それがDQNだからだ

おっ、コメがついたw

確かにプレゼンは重要。
猫さんのプレゼン能力がなければ、ヨン様がここまで輝いて、ヲチに人が集うこともなかったでしょう。猫さんのプレゼン能力は高いですからね~

ただ、プレゼン意図が、いかに対象を面白おかしくバッサリと批評するかに重点が置かれ、コアな読者ニーズに応えるものになっているので、オフィシャルな場には不向きだけどww


しかし、kikulog当該スレは、ファブファブ族に反論しちゃったら、議論が終わんないでしょ。自説が破綻してようが、決して自主張以外のまとめで身を退くことができない。それがファブファブ。議論から身を退く→「負けた」→存在否定という思考様式ですからね。

ところで、本家ファブファブの相手を善意からしている方もいらっしゃるようですが、心配です。まさか、「被害」として訴えている内容が、事実とは全く異なるとまでは思わないでしょう。

だけど、善意から提言した「議論から身を退くこと(#112コメント)」は、ヨン様には決してできないこと。なぜなら、指摘に対して、自説や日本語を歪めてまで間違いを認めず、食い下がっているのは、上記思考様式を持つヨン様の方だから。

そして、座右の銘である「間違える事は恥ではない。間違いを認められないのが恥だ(#192コメント)」も、ヨン様が各所で言われること。ひょっとしてヨン様のことを知っていて、いじってる?

エサやり禁止は自分も思った^^;

>猫さん

>ちくしょぉぉぉぉぉおおお!

いや、最後の投稿でDQN認定は解除されてるでしょ。
自分もなんで猫さんがあんなにエサあげるのか不思議だったんですが、ブログ主さんの勧告を見落としていたと書かれていたので納得しました。

はからずも、猫さんの投稿のAのパターンを自分自身であらわしましたね^^;

それにしてもヨン様の差別発言はどういったファブ語で返すか楽しみです。きっとまた自分の傷口を自分で広げる異次元理論を展開するんだろうな…、大体は想像つくけどね。

望んだ答えじゃなく…

>うなぎ犬さん

善意でヨン様の相手してる人はファブ族の実態を多分知らないと思います。

大体、議論上で「上から目線だ」は議論の目的から既に外れてるでしょ、上から目線だと相手を批判したとして中身は、「もっと自分に敬意を表しなさい」という恥かしすぎる主張を言い換えただけにすぎないのは変わらない、議論の場以外では使えそうな言葉だとは思いますが…。

しかも、対面ではなくネット上での出来事なのはヨン様が匂わせてますから、間違った使い方をしてましたとの告白にすぎないのに使い方は間違ってませんよとは絶対返ってこないのは知っても知らなくても同じ事…、

で返ってきた言葉は自分が一番言われたくない言葉、数々の掲示板で言われてきた事をなんとかまだDQN認定をされていない、ブログの住人に言われたのはショックでしょう。心情的には確実に大王を応援していたはずなのでw

メビリン当該スレ

No.100コメントの削除、はええええー!
内容を見逃したよ。

今回のは、削除依頼が出ていなかったみたいだけど?
ヨン様がちょこちょこと削除依頼を出すから、管理人の重点監視対象になったか?

当初から、ヨン様が答えに窮して核心的な指摘に削除依頼を出すことは目に見えていたので、削除依頼板もチェックしつつ、こまめにデータ(テキスト)を批評のためにコピペしていたのに、はじめて取りこぼした><

ヨン様のあまりの態度に、キレて掲示板ルールに触れる人が続出。これもヨン様登場板では、よく見られる光景。

しかし、“固い口が降参と言わなくとも、顔色が赤くはならなくとも 赤恥は観衆たちの中へ機能的に無音で伝搬していくもの”(「科学」スレぼたんさんの発言より)であるので、掲示板でコメが削除され・論客がアク禁になり、表面的に批判が消えたとしてもヨン様へのネガティブ評価が消えてなくなった訳ではない。むしろ、鬱積され醸成されるといってもいい。

最初にヨン様を発見した人は、矢吹ジョーを見い出した丹下段平のように、ヨン様の中に「こっ、コイツは!」という“あれ”としての光り輝く能力を見つけたに違いないけど、ヨン様はその「期待」に答えて見事に能力を開花させていくよね。

僕達のヨン様がどんどん有名になって、手の届かない存在になっていく。
手が届きたくないけど(笑)

3分か…

#100の削除早かったですね、新たに管理人にメールで知らせてるらしいとレスがついてるけどホントかな?

削除依頼を出す事はヨン様の中では当然の如く、正当な理由がありますから公開された場でアピールするはずなんですけどね…

逆にメールで削除依頼をかけていたとしたら。
自分の赤っ恥を理解してい事になります。
でも、メールの可能性は高いと思います、それは個別のレスでは無く、【肉体×言葉スレ】自体の削除依頼です。

ファブ理論を批判しながら議論を進める人、議論の中にファブ理論の批判を組み込む人もでてきて、困ったんでしょう。

管理人が削除したのは、酔人さんと傾奇者さんの投稿2個だけ…

#100の傾奇者さんの投稿が確認出来ないのは痛いけど、ヨン様に対する批判で言葉が悪かったんでしょうね。

でも酔人さんの投稿は削除にかからないと思うんですが…
名指しの批判じゃないし、議論の進行に関してのダメ出しなだけなのにね。

ぎょぎょっ!!

御前田慶次→前田慶次→傾奇者(かぶき者)
だという事に、今、気付いた・・・orz
『花の慶次』見てなかったからな~

「傾奇者」って誰だ?
環境によってHNが違って見えるのか?
と、ずっと疑問に思ってた(笑)

我ながら、おそるべき鈍感。


ところで、ヨン様はメビリンの別スレに種を蒔き始めましたね。
一体どこまで、“あれ”としての客観的評価を獲得することに貪欲なんだ!
常に新規開拓を目指す見上げた営業魂ww

そして、kikulogでは、きわめて慎重に殊勝なふりをしながら潜行しているので、後々の楽しみとして期待が持てる。

半年後? 1年後? いずれにせよ、こちらが期待する評価を得ることに、絶対の自信を持っているけどww 商品力に自信あり。

他スレでの種蒔きは…

>うなぎ犬さん

他スレでの種蒔きは肉体×言葉スレでの槍さんの投稿がクリティカルだったからでしょう。

差別発言との指摘自体は差別の意図は無かったと釈明する事は可能ですが、それをすると今度は後進国の使い方の間違いを認めなくてはいけないのでw

ファブファブ族は自分の間違いを認識出来ないのが特徴ですが、キクログでの姿勢の様に自分をまだ批判していない人の場合は自身の誤りを認めるポーズをしますが…

槍さんに関しては犬小屋で【あれ】呼ばわりしてますから、敵対している人の意見は聞けないのがヨン様のメンタリティw
かぶき者は判りやすいと思ったんですが…、キクログの忍の家さんはかなりシンパシーを感じる。
多分、線降花火さんあたりにはクリティカルに笑いのツボにヒットするはず。

それにしてもキクログは対DQN対応性能評価実験な雰囲気が…、あと基本的に猫さんの鮮やかな撤退ぶりをROMしていたはずなのに…、まあ気持ちはわかりますが…

No title

なんだ ヨン様静かだと思ったら尻尾巻いて逃げたのか
他スレってどこナリ?

キクログは撤退したからもう見てなかったんだが
面白いことになってるのかな?見て来よう

No title

>縁さん
>猫さんの鮮やかな撤退ぶりをROMしていたはずなのに…

まったこ。私も気持ちは分かるけど、ファブファブに言い返したら終わらないよね。相手は自己矛盾なんて屁とも思わないんだから。その時々で言い返せれば満足なだけ。

異邦人の猫さんがブログ主の意向を汲んで撤退しているのに、先住と思われる方々がエサをやり続けているw 縁さんも言うように、猫さんの英断が光るなw

kikulogは最近のコメント欄を見ると、「○○○のためのスペース」という、約1名で更新をし続けている妖しいエントリ(←最初見た時ビビッたw)があったので、その手の方には耐性があるのかと思ったらそうでもないらしい。

釣り師が現れたら入れ食いだなw


>猫さん
>他スレってどこナリ?

ここです↓
http://aurasoul.mb2.jp/_grn/1202.html

思いっきりな重たい主題な上に、500レス以上も議論が積み重なっているのに、ヨン様はよく途中から参加できるな。

あーそうか。ヨン様には主題も議論の流れも関係ないんだっけ。「僕、これ知ってるモン」が目的ですからね。

しかし、ヨン様もしくはヨン様のダブハンおよび同ファブファブ族が、削除依頼を出さないか削除依頼板をチェックしていた時、この板に関連して、よく依頼が出されていたと記憶しているんだが。そんな苛烈になっているところに、よく飛び込むなw ヨン様の飛び込み営業、恐るべし。

ところで、ポケモン板で「今から、おまえをコロ助なり~(←自主規制)」というカキコがあって、削除依頼が出されていたのを発見した時は、「ポケモン熱いな」と思いました。

ちなみに、メビリンは意外と年齢層が低いと感じたのもこの時。すそ野が広いとも言えるけど。だから、ヨン様が議論内容から中学生と錯誤されたのも、単なる皮肉ではなく本気だったのかも。

広報成功したらしいw

傾奇者さんが、明らかにこのブログの事を言及してる。あの広報が効いたのかな?

>うなぎ犬さん

>「僕、これ知ってるモン」が目的ですから

ちょっと違うと思います
ヨン様:「僕、これ知ってるモン」

キャバ嬢:「え~、そんな難しい事知ってるなんてすご~い」

ヨン様:「いえいえ、本で読んだだけで、只のおっさんです」

キャバ嬢:「そんなことないですよ~、でも謙遜する姿がス・テ・キ」


ろくに話も聞いて無いキャバ嬢の賞賛を貰う事が目的です。
書いてて気持ち悪くなってきた^^;
でも、メビリンは管理人はまだヨン様アク禁にして無いし、比較的言葉遣いさえ気をつけていれば削除対象にならなさそうと、理論矛盾全開のヨン様にとっては住みやすい板だと判断したから、他スレへの種蒔きでしょう。

あ~、また駄目だ、考察はじめたら、自分の馬鹿さ加減がわかっている人みたいになるな…。
行動から考えるとわかってはいないのは自明なねに…、この矛盾があるからヲチさせる気にさせるんでしょうね。

No title

>縁さん
>ろくに話も聞いて無いキャバ嬢の賞賛を貰う事が目的

そうでした。賞賛を貰う事が目的でした。
でも、それから考えると、その「動機の不純さ」というのは、巷間でよくありそうな話なので、ヨン様の面白さを特徴付ける主たる要因ではないんですね。縁さんの例示で、改めて気付かされました。

やはりヨン様の面白さは、その事実認識の転倒ぶりと無茶苦茶な論理展開による自己正当化、単純な誤読の指摘すら認めずに自主張を平然と変更してまで相手を罵倒して議論に執着するなど、第三者視点(客観的視点)を自己の中に想起できる人間なら取り得ないような特異な挙動を繰り返す点にあるようです。大小ぐーるぐーる行為・ファブ恒常性の維持として、すでに指摘されていますが。

本当に、面白い生命体です。議論を真面目にしている論客、それを楽しみにしているROMの方々からしてみれば、えらい迷惑でしょうが。

------

ヨン様「自分は、自身の間違いを認めることを躊躇したことがない」
   「単純な間違いの指摘に対しては、実は、特に嫌だと感じたことはない」

自分をケンシロウといつわっていたジャギさん(北斗の拳)のお言葉
   「おれはウソが大きれぇなんだ」

暴力スレでは

標的 完全に沈黙しましたwww
結構なことだが キクログの方が今熱いね
ヨン様ネタに続いて大王ネタを出して欲しいのかってくらいの
勢いでファブファブ街道まっしぐらのDQNはどうしようかね
メビリンのまとめが遅々として進まない現状ではヲチだけだが

うなぎ犬氏
ジャギワロタwww

No title

>標的 完全に沈黙しましたwww

ヨン様は使徒だったんか!?

どうりで、強力なA.T.フィールド(心の壁)を持ち、
(ロンギヌスの)槍に弱い訳だww

エヴァねたw

>うなぎ犬さん

>ヨン様は使徒だったんか!?

エヴァファンを敵に回す発言ですね^^;
訳の分らなさは使徒並かも知れませんが、攻撃力は皆無です。人類を笑いコロスにしても、ギャグにキレがない^^;

それにしてもキクログの「上から…」は大王のヲチスレ化してるw

ブログ主も迷惑だろうに…、猫さんみたいに判断できないもんですかね?他の場所へ誘導してる人いますがあんまり行ってないのは大王がヨン様ほど魅力的ではないからでしょうか?
流石はファブファブ族の族長ですね、ヨン様w

最近ヨン様おとなしいですね、槍さんの差別発言だはファブファブ族としては見逃せないと思うんですがね?
尻尾巻いて逃げるのはいつもの事とはいえ、「肉体×言葉」スレでは、はじけ方が足りない気が…
まあ、途中の異論、反論の反論レスでかなり精神的に余裕のが無くなっているのが分りましたからね。ヨン様が言葉遣いが普段とちがくなったら大体そう。場外乱闘の時はスレが立ったときは、所謂、上から目線なレスを残していきましたが、途中自己○○障害の症状と比べて、自分の状態を客観視した方が良いとレスが続いたら…、いきなり言葉遣いが荒れて殴りこんできたw
「ひつつ」発言はかなり痺れたw
でも、最近そのスレ見たら、美味しいレスが削除されてた><

No title

>縁さん
>エヴァファンを敵に回す発言ですね^^;

ひえっーー! 厳しいですね(笑)
やはり、オンリーワンの存在であるヨン様のコミカルさは、何にも例え難いのでしょう。
全国6000万の使徒ファンの皆さん、ごめんなさい。
なんのこっちゃ。


ところで、「言葉×肉体」スレは自覚なき「荒らし」が去って、無限ループから抜け出し、議論が深化していますね。言葉の暴力の定義から、そもそも「罪」ってなんだっけ、みたいな。

ちなみに、罪は自然界に実在するわけではないので、結局のところ「何を罪と決めるべきか」(おもにsinの考え方?)もしくは「何をもって罪の軽重を量り、規制したら社会的に都合が良いか」(おもにcrimeの考え方?)という問題に帰着しそうですけど。

意図についても、それを意識内の存否において見るか、客観的(社会通念上の)基準によって当否判断するかで違いがありそう。「無知は罪か」で既出ですが。

ちなみに、仏教的には「知らずに犯す罪の方が重い」とされています。
釈迦と弟子との問答場面が経典にあるのですが、焼けた火箸を熱いと知らずに握る方が火傷(被害)が大きくなるので、より罪が重い、といった趣旨の解答だったと思う。詳しくは「仏教 罪 火箸」あたりでググると出てくると思いますが。

これは、一面として真理であると思う。なぜなら、勘違いが甚だしい人間、「俺の物は俺の物、他人の物は俺の物」と勘違いしている傲慢な人間は、平然と他人の領域を侵害するが、それは「自分の物」なのであって、侵害の意図はない。しかし、存在としてみれば、過ちだと認識されない程、過ちに浸っていて、より罪深いとも言える。

ネット上でも、よく見ますね。「俺の意見は俺の物なので、自分の定義に従え、しかし、他人の著作については自分の解釈した通りが正しい」という“自分の考えを主張しているだけ”なのに、荒らしをしてしまう人たちが。

深化してるけど…

>うなぎ犬さん

深化してるけど、こじれはじめてます^^;
でも、倫理や良心を基準に罪を考えると、この流れは避けては通れないのかなとも思います。でも話が一気に重たくなったな…
傾奇者さんはこうなってしまうのを避けようとしていた節がありますが、槍さんやコーネリアスさんはそこに倫理や良心を基準とした罪を考えるにあたって重要と判断したみたいですね。議論的には深みが出ると思いますが、コーネリアスさんは自分の例を出すにしては重すぎ…、でも傾奇者さんが主張したかった事自体をコーネリアスさんは否定したい立場だからしょうがないかな…

うなぎ犬さん、仏教の例もって議論の方向性を戻してきてもらえます?

それにしても、ギャグとして見る分には面白いんですが、やはりヨン様は掲示板の疫病神ですね…、たまに違う神を召喚する(今回で言えば槍さん)事もあるから善し悪しを感じますが…、荒されてる住人からして見たらフラストレーションが溜るだろな^^;

重要ではあるけど(あるからこそ)重たい。。。

>縁さん
>深化してるけど、こじれはじめてます^^;

トピズレではあると思うけど、揉めている様なので若干論じてみます。

障碍について考えた場合に、身体的な機能面での欠如から、直接的に肉体的苦痛・精神的苦悩を生じることがありますが、それは重要な問題ではありますが医療面での課題として一旦置いておきまして、それ以外での“障碍の苦しさ”について考えてみたいと思います。

いきなり思考実験から入ります。
例えば、羽が生えていないからと嘆く人間はいないし(中にはいるかもしれんが)、手が3本ないからと言って悲観する人間はいないでしょう。むしろ便利だが、3本あった方が嘆くでしょう。また、人間に羽が生えていた場合に社会はどうなるか、と考えてみた場合に、階段や道をわざわざ作らない施設が多数存在するのではないかと推察されます。飛べるのですから。その中に羽の折れた人間がいたら・・・

このように考えた場合に、機能面から生じる精神的苦悩以外での心理的問題である劣等感や喪失感とは健常者(ふつう)との比較においてであり、また実利面である「生き難さ(生きやすさ)」とは、健常者(ふつう)をベースとしてデザインされた社会であるからと言えると思います。つまり、障碍とは個人における身体の問題だけではなく、健常者との相対関係における社会的問題に包まれているのではないかと思われるのです。

障碍は病気・事件・事故などによって誰しもが負う可能性があります。
もし、そのような不遇があった場合に、その困難さを個人問題として個人に押し付けていくか、もしくは社会全体の事柄(←ここで「問題」とは軽々に言えない。障碍者が問題だとの誤解を招く)として健常者側がコストを分散して受容していくのかという、大きく分けて二つの岐路が存在すると思います。実際は両極端ではなく、コストの問題によって両者がすり合わされているのですが。

したがって、実際にどの位行い、どの点で妥協するのかは別としても、方向性として「障碍者は障碍を受容する試練を(やむを得ず)持ち、健常者は壁(ハードル)を下げる使命を持っている」といえる訳です。

また、能力は平等ではありません。不遇があった場合でも、スーパーパワーによって乗り越えられる人間もいれば、そこまで発揮できない人もいます。通常人の意志力の発揮では、乗り越えられない場合もあるでしょう。その場合に、さらにその「乗り越えられない」ことをもって、落伍者としてしまう恐れのあるプレッシャーを与えてしまって良いのかどうか。人は自分を基準として他者を想定してしまう傾向があるので、「障碍」を乗り越えた人に多くこの傾向があると思われます。


これらの考えから、健常者が障碍者に対して「壁を乗り越えて、がんばろう」と言うことは、気持ちとしては誠実ではあっても、自らの健常者としての責務を放棄している(極端に表現すれば「変わるのはあなたであって、私の方や社会は変わる必要はない」という考え)と捉えかねられず、また下手にプレッシャーだけを与えてしまう恐れもあるので慎重であるべきではないかと思うのです。

ただし、これは一般論として当事者と直接関係ない健常者を想定したものであり、当事者やその家族・主治医などの関係者として、どこまでの発言が許容されるべきかとは別問題ですが。

むしろ、家族も当事者として捉え、その家族に「壁を乗り越えて、がんばろう」という気概がなければ生きられない社会とは何なのか、ということを考えるべきかも知れません。

とりあえず、直接論じてみました。ここで・・・

無限ループでよくあること(笑)

スクラップして、建物を建てようとしたら、
相手は底なし沼の上に浮いていただけでござる

の巻。。。ニンニン

新しい建物が建ちましぇーーん。

〔追記〕
メビリンの事ではないので、誤解無き様。
念の為。

底無し沼だYO!

>うなぎ犬さん

こんどは傾奇者さんがキレはじめた…、コーネリアスさんの無知発言にキレたかな^^;

コーネリアスさんのバックボーンを考えれば、障碍をもつ人に「頑張れ」と言うことは言葉の暴力だ、なんてしてしまったらコーネリアスさんにとって奥さんの否定に繋るから許容できないでしょ、傾奇者さんのバックボーンはまだ見えないけどそこまでして主張したいことなのかな?

対抗しようとすると不幸自慢の様相になる可能性があるから止めればいいのに…、てゆうかROMが辛くなる><


大会議室の方はね~、だから槍さんには奴の相手をしてはいけないと、ここで以前かいたのに…
もう片方の天の邪鬼は終りが見えてきたかな?

そういえば、控訴理由書はどちらもだしたのかな?
最近、この話題のニュースが少ないからヨン様ごときをヲチしてしまうハメになるんだよな…

ファブファブのヲチに戻りたい><

>縁さん
>傾奇者さんのバックボーンはまだ見えないけどそこまでして主張したいことなのかな?

バックボーンは、自分の存在もしくは人生そのものだと思われ・・・
したがって、そこまでして主張したいことではあると思いますが、だんだんトピックからずれて来ている認識は論者達にあると思いますので、トピックとの関連でエッセンスだけ取り出したNo.138◆◆◆さんの誘導にまとまると思います。

また、「の様相」という文言がついていますので、あまり細かく突っ込むのもどうかなと思いますが、当事者または御家族の方々にとっては、「自慢」ではないと思います。むしろ、自身の状況を詳らかにすることによって、他の方々が萎縮してしまうことに配慮して、コーネリアスさんのようにギリギリまで言わなかったり、傾奇者さんのようにオブラートに包むことによって、話がこじれてしまう場面があるのですから。

ネット上での議論では、相手が全く分からないので、思いもかけない言葉で相手を深く傷付けてしまうことがありますので、お互いに気をつけたいものです。また、その際には言わなかったから悪いということだけではなく、こちらが「何故、察しなかったのか」ということについても自問が必要ではないかと思います。何故なら、その問題に関心があり、過去に論じて(もしくは考えて)いれば気付くことができる場合もあるからです。

障碍者と一言で述べても、三者三様であり、障碍の部位・程度、取り巻く環境も全く違います。したがって、当事者またはその御家族の間で、意見や姿勢がするどく対立することは当然あり、一概には言えません。

この点を踏まえた上で、あえて言うならば、傾奇者さんの主張は特異な主張ではなく、よく聞く主張です。「がんばれ」という言葉については、障碍者の方々から昔から批判を含んだ疑問の声があるのです。

うなぎ犬の場合は直接経験ではなく、過去の論戦を通して知っているのですが・・・故に、多分に過ちを含んでいることもあります・・・(今はヲチでマタ~リとしていますが、リアルでも激論は交わして来ているのですよorz)

また、コーネリアスさんのお義姉さんの件に関しましても、コメントを差し控えたのは、いろいろと状況が違う他家庭のことだからというだけではなく、御家族とくに女性の産まない自由(選択)と障碍者の生きる(生まれる)権利が、真っ向から対立する場面があるからだと察せられます。現代医療は、生まれてくる赤ちゃんが障碍を持っているか分かる場合がありますので、新たな深刻な問題を投げかけています。



>控訴理由書はどちらもだしたのかな?

上告っす。
あと、民事で上告すべき裁判所が最高裁である場合は、上告理由がなくても上告受理の申立てをすることができるらしい。ウィキペディアによればですがw

上告と上告受理の申立ての違いについては、知りません(笑)

もっ、揉めてる・・・(^_^;

微妙な問題にあっけらかんと答えている場合には、当事者が自嘲気味に答えている場合が含まれるのに。。。その議論の時には、仮に違ったとしても、常にその可能性は念頭に置いておいた方がよい、とは思います。

傾奇者さんが何処の誰だか知らんけど、主張していることは障碍について語られる際に、聞く話です。つまり、傾奇者さんの立場を除いたとしても障碍者の思い(もちろん、全てのではない)として成り立つ話だということです。←ここを知っている点が、傾奇者さんの主張に対する評価の分岐点ではないかと思われます。

だからと言って、私はコーネリアスさんの意見を否定するものではないし、私の立場でコーネリアスさんの思いを否定できるはずもない。

「反差別」という何でも斬れるエクスカリバーの運用(差別表現を含め、差別に関する指摘)に関しては、特に私のような当事者及び直接の関係者ではない人間に関しては、注意が求められると思います。当事者及び直接の関係者に「~について分かっていない」と指摘して、転倒した状況を作らないためにも。


〔ありがちなシナリオ〕

当事者及び関係者が実体験から主張。(この時点では当事者・関係者である事は互いに知らない)

状況や姿勢は三者三様なので、当然揉める。

障碍の重篤度をもって、自主張を正当化し論断し始める。(縁さんも指摘の点)

互いに深刻な問題なので引き下がれない、さらに揉める。この段階で直接関係ない健常者は発言権を失い、退場。

互いに差別認定し始める。

重大差別事件発生。介助者・支援団体に通報。


みたいな感じにならずに、互いに冷静に議論できると良いですね。

別スレ移行は賢明な判断

>うなぎ犬さん

自分の
>傾奇者さんのバックボーンはまだ見えないけどそこまでして主張したいことなのかな?

は傾奇者さんの主張はよく聞く話だからこそなんですよね…

もとから、傾奇者さんの主張には当事者もしくは関係者が近しい雰囲気は漂ってましたから。

でも、言葉の暴力を考える中での発言で障碍をもつ人に対して頑張れと声を掛ける事は励ましにもなるし、傷つける事にもなる場合があると補足もされてるのに、敢えてそこに食い付く必要がないでしょう。
コーネリアスさんのバックボーンが述べられて時点でペンディングにすべきでしょう。

どう考えたって答えが出る問題ではないですから…。主張としてはそれぞれの立場からしたら撤回できないでしょうし…

あと「不幸自慢の様相」の指摘ありがとうございます。確かにもう少し言葉を選ぶべきでしたね。でも文意は伝わっていて安心しました。

キクログは最終判断が下される一歩前、メビリンは削除スレの管理の一言が笑えますw
削除依頼を反論にしないでと…

これ絶対ヨン様の影響大でしょw

あと、控訴理由書の間違い指摘も…
上告理由書でしたね、でも橋下は何で争うつもりなんだ?
判決に法律違反は見当たらないし、煽動と懲戒請求の因果関係あたり?

弁護団は名誉毀損の認定あたりかな?

そろそろ理由書の提出期限なので公開しないかな?
特に橋下の理由書はトンデモか所謂、懲戒厨を全否定したものにしかならないはずだから公開して欲しいんですけどね。

傾奇者の味方に天地人が登場してるw 誰だよw

>縁さん
>傾奇者さんの主張はよく聞く話だからこそなんですよね…

あっ、失礼しました。ご存知でしたか。
ただ、その点で縁さんと一致できたことは幸いです。

>敢えてそこに食い付く必要がないでしょう。

レスを書いていたのですが、縁さんの疑問から外れているような気がしたので、質問させていただきます。上記の「そこに食い付く」の「そこ」は何を指しています?

前にある【頑張れと声を掛ける事は励ましにもなるし、傷つける事にもなる場合がある】ですか?

これは反発して聞いている訳ではないので、誤解無き様。純粋な質問です。

知らないと火傷するの典型になるな・・・、傾奇者の友

>うなぎ犬さん

>「そこ」は何を指しています?

「頑張れ」という言葉です。
その前の「壁」に関しては見解の不一致でしょうが、コーネリアスさんの琴線に触れたのは「頑張れ」と言う事を否定したからでしょう。

壁だけに関してならあそこまでこじれなかったと思います。
まあ、傾奇者さんの主張したいことは壁なんて表現は使うな、頑張れとか言うなですから・・・。コーネリアスさんのバックボーンが述べられた時点で傾奇者さんは其処に食い付くのをやめるべきでしたね。
どう考えても、傾奇者さんの主張は突き詰めればコーネリアスさんの奥さんの行動を否定する事になりますから。しかも、その行動には一定の効果があったとなれば否定されるのは耐え難いでしょう。

よく聞く話だからこそ、あの場所で続ける意味が無かった。壁とセットになっていたので分けて論じれなかったのではとも思いますが・・・

よく聞く主張だけど「頑張れ」と言ってはいけないとまでは一般的な理解にはなっていませんよね?
センシティブな問題で「頑張れ」と励ますこと自体が傷つける場合があるから慎重にしたほうが良いらしい【特に第三者の場合】が自分の理解ですが・・・

障害者に対しての励ますことを完全に肯定しているような投稿でもなかったのにあえて、その部分に噛み付く意味が無いと思いますよ。其処は議題の主題でも無かったですし。

当該スレの平行世界としてのヲチ

縁さん

元スレで議論が収束しているのに、ヲチで引っ張ってしまってよいのだろうか悩みますが、互いに当該スレの議論に参加していない者同士ということで、新たな視点があるかもしれないので少しだけ・・・

なお、以下は私の議論に対する概観なので、当事者の方々の真意を外していることもあります。あくまで端から見ていると「こう見える」ということですので、ご注意を。

>>「そこ」は何を指しています?
>「頑張れ」という言葉です。

簡潔な解答、感謝です。一見そう見えますが、「頑張れ」すなわち言葉の暴力を巡る見解の相違は、結果として表れた表象的問題であり、本質つまり「食い付いた点」は障碍者観の違いだと思います。

その点で、指摘した側と受け手で最初からすれ違いがありました。それが如実に表れているのが、No.104→106→110→115の流れです。

最初にNo.104で傾奇者さんは、コーネリアスさんの障がい者のイメージに関して、特に先天性の場合について指摘しています。それに対して、コーネリアスさんはNo.106で「言葉の暴力とはいえない」という結論が同じなのに何故指摘を受けたのか疑問に思い、違和感を表明しています。

次にそれを受けて傾奇者さんは、No.110で「コーネリアスさんの障がい者観はおおよそ分かりました」と言っています。そして、「ここは障がいについて語るスレッドではないのでここまでにしましょう」としています。つまり、障がい者観について話をしているのです。

それに対して、コーネリアスさんはNo.115に対して縁さんが指摘したように「頑張って」という言葉の問題について補足をしています。しかし、この言葉かけの適否については傾奇者さんもほぼ同じであろうし、上述のように指摘点とは違うのです。

すなわち、指摘のメインは障碍者観とそこから出てくる「壁」「乗り越え」という概念であり、「がんばれ」という言葉の問題は従属問題だと思われます。

「身内の言葉云々」に関しては、トピックとの関連において上記問題から必然的に発生した対立点だと思います。必然的というのは、人はそれぞれの原体験を基に意見を構成するので、障碍者本人はその立場から、家族はその立場から主張を構成するからです。しかし、この主張の対立点も障碍者たる本人と健常者たる家族との間での意識の壁に還元されるものと思われます。(後述のように障碍事例による差異も大きい)


>壁だけに関してならあそこまでこじれなかったと思います。

前述のように相違の根幹は言葉の問題ではなく、障碍者観にあると見ます。そして、こじれた原因については、障碍者は部位・程度、先天性か否か、治癒可能か否か、当事者・家族の「受容」の段階などによって千差万別であるにも関わらず、障碍者という全称を使ったことにより、互いに念頭に置いている事例が全く異なっているにも関わらず、同じものであると錯覚して議論を進めていたことにあると思います。(表記は全称〔障碍者一般〕であるが、念頭にあるのは特称〔ある障碍〕であり、実際には単称〔自分もしくは家族の事例〕)

さらに、「乗り越え」「受容」の指す示す範囲も違っていたように思います。一方は乗り越えの中に受容を含み、他方が別々のものとして扱っていたように思います。

一方が後天的で治癒可能な障碍のリハビリ過程を念頭に置き、一方が先天的で治癒不可能な障碍の可能な限りの社会適用後の日常生活について論じているのであれば、話がずれると思います。



>よく聞く主張だけど「頑張れ」と言ってはいけないとまでは一般的な理解にはなっていませんよね?
>センシティブな問題で「頑張れ」と励ますこと自体が傷つける場合があるから慎重にしたほうが良いらしい【特に第三者の場合】が自分の理解ですが・・・

私の結論としての意見も同じです。しかし、私のコメント群を傾奇者さんのコメントと比較して見ると、リハビリ事例がごちゃ混ぜになり「乗り越え」を前提とした健常者側からの視点に貫かれていて、健常者側からの付き合い方のようなものになっており、中途半端な理解になっている印象を受けます。

唯一同じなのは思考実験の箇所です。理解する上でのキーワードは「発想の転換」「見方のコペルニクス的転回」というものではないかと思います。

そもそも、先天的で治癒不可能であるならば、社会適用訓練を終えた後※に、無理にチャレンジする事柄はない訳で、不都合といってもそれは標準から較べたら非効率的であるということであって、「ふつう」に生きている人が、「がんばれ」という現状からの変革や歯を食い縛って現状を維持するニュアンスの文言を言われれば、「何を?」「標準になるまで努力せよ、ということ?」という違和感を感じるのではないでしょうか。

※これは社会的ツールが多数派に合わせてあるので、より以上必要とされることであり、健常者でも様々な技能を獲得する際に必要となる。

さらに言えば、治癒不可能であるならば到達不可能である「標準」的生活や能力を目的として自らに課し続けることは不合理であり、また、その「標準」的生活や能力は社会的条件や要請によって変化するものであり、その標準からの欠如という形で不便という概念が形成されているのであるならば※、その不便さに着目して「壁」を作るよりも、現状を「ふつう」として壁を消し去るメンタリティの方が理にかなっているし、実際に「ふつう」とはそのような曖昧模糊としたものであると思うのです。全ての人間が、その人の唯一無二の人生として「ふつう」を歩んでいる。

※東京-大阪間の移動は、江戸時代に較べて格段に便利であるが、1分1秒を争う人間にとっては、今だ不便である。仕事が多い人間は、手が2本あっても足りないが、手が1本であっても、標準的作業効率が求められなければ事として足りる場合がある。

障碍をハンディではなく、スペシャルとして仕様の違いに過ぎないとする「見方のコペルニクス的転回」も必要ではないかと思いました。



P.S.

次からは本題に戻って、ファブファブに対する「人格への言及」についての妥当性について語ってみたいと思います。(笑)

あまり、この話題について自由に語っていると、槍で突撃している方の背中に矢が当たっているような気がして、気が引けてくる・・・(^_^;

No title

お久しぶりです。

向こうで参加している者ですが、背中に矢が当たった様な気がするのでこちらでも参加させて下さい(笑

うなぎ犬さんのご指摘における、一言で言えば
「お互いの文言の定義が一致してなかったから話がズレてたんじゃないか?」
と言える部分に関しては、まさに仰る通りかと存じます。

が、「障害者観」にかかる部分については補足をさせて頂かないと・・・

コーネリアスさんと傾奇者さんの間では確かに障害の程度によるズレというものが何故か発生していたようですが、基本的に余程小さな文言の意味に食らいつかなければ「障害者」という全称に大きな問題はないと思いますよ。

何故なら、唯のヒトさんの当初の指摘とそれへの対応を見て頂ければ分かる通り、基本的には「『先天性であるか、あるいは部位がどうであるかに関係なく』回復し得ない身体の障害を持つ者」という定義で一致しており、その定義においては「その身体障害にかかる、生活上の支障がある」ことも含まれることを明示しているからです。
その意味では大きなズレはありません。

むしろ問題は「障害」という文言自体ですかね。
一般の方が「障害を乗り越えて・・・」などと言った場合には向こうでも言った通り「身体障害『及びそれに伴う全ての困難』」を含意すると思うのですが、反対者の方々は「ほぼ『身体の』障害の部分」に限っている様に見受けられました。

が、取り急ぎそれは横においといて、つまりその様な問題を抱える「障害者」呼ばれる方々においては、まず第一に

「『可能な限りの社会適用』を終える」までに通常はかなりの時間がかかる

ために、一般に「障害者」と呼ばれる方の多くはその途上にある可能性があります。
従って、その「『可能な限りの社会適用』を終えるための努力」に対して、まず「頑張れ」という声かけは当然とすら言えるでしょう。
「『可能な限りの社会適用』を終える、という壁」を『乗り越えて』という表現も妥当です。

次に、あなた自身が仰る

>不都合といってもそれは標準から較べたら非効率的であるということであって、「ふつう」に生きている

という部分ですが、

「『可能な限りの社会適用』を終えた後」であっても、例えば「より、以上のもの」を目指している人

は数多くいます。
パラリンピックなどはその典型的な例ですが、その様な方についてもやはり「乗り越えて頑張れ」という声かけは当然でしょう。
さらに、「より、以上のもの」は目指していないとしても

「第三者が一見して『障害者』と認識できる方」なのであれば、何らかの生活上の支障を持っている

ということですね。あなたは

>不都合といってもそれは標準から較べたら非効率的であるということであって、「ふつう」に生きている

と仰っておられますが、あちらで傾奇者さんへの投稿の中で申し上げた通り、つまり

「生活上の支障による不便(=壁)があることが、その人にとって普通だ」

と言ってるだけですよね。そこに

「『乗り越えて頑張れ』という声かけは、『これ以上何の努力をしろと言うのか』という違和感を感じさせる」

ということ自体については理解が可能です。
が、これは自分の体験ですがつまり

「『壁が存在することにより、不便を覚えている』ということを『第三者が認識し』、励まそうとしてくれている」

という理解が成立し得るのです。
簡単に言えば、何故
「私のことなんて全然知らないあなたから、何で、何を応援されてるの?」
ではなく、
「私のことは全然知らないはずのあなたが、私を励まそうとしてくれたんですね。ありがとう、大丈夫です(笑)」
という認識にならないのですか?という指摘だったんですね。

>スペシャルとして仕様の違いに過ぎない

スペシャルな方々、例えばオリンピックの選手だとか、何らかの能力人であるとか、『その様な方々にこそ』私たちは「『大変』ですね!『頑張って』下さい!」などと声がけをするのでは?

私たちは、普段「普通に」暮らしています。
「普通に」仕事をしています。
でも仕事先、旅行先、あるいはその他何かで「初めて会った人」からも、

「それでは。お仕事(勉強、受験、部活、何でもいいです)大変でしょうが、頑張って下さい」
と社交辞令であっても励まされた時に

「これ以上何を頑張れって?何が大変?あなた知ってるの?」

などと違和感を感じるでしょうか?少なくとも私は感じませんし、「社会で、広く一般的に」かわされる会話だと思います。
にも関わらず、そこに「また健常者視点だよ」と言う様な感覚を覚えてしまう心理状態こそ

>「人間レベルでも『受容』がまだ出来ていない」だけ

なのではないかと思うのです。

>「頑張れ」という言葉かけは、「自分の努力を励まそうとしてくれるものであるとして、『きちんと受け入れられる』」。
>それが受容です。

というのが、私の主張の根本にありますので・・・

ただ、そうですね。
「『可能な限りの社会適用』を終えた後で、且つ心理的な受容も達成している人であれば、それ以上は『乗り越える』壁が存在しない。だから普遍的に『乗り越えて』と使う事が妥当でない」
というのみの指摘であるならば、一般的な社交辞令に倣い

「色々大変でしょうが、頑張って下さい」

なら適切ですか?ということだろうと思います。

No title

まぁ猫のブログで何を話そうと基本的には構わんのだけどさ
あんまし重くなる様な内容だと猫もコメントのしようがない訳さ
そこそこにね そこそこに

槍さん、お久しぶりです。

いつも楽しく感服しながら、槍さんの投稿を読ませていただいています。

まず、最初におことわりをさせて頂きますと、私の書いていることは傾奇者さんの投稿にインスパイアされて書いている私の見立て及び考えですので、傾奇者さん御本人や障碍を持つ当事者の方々の考えと違っている可能性があります。

なので、あくまで私の見立て及び考えとの討論ということで、ご容赦下さい。


>「障害者」という全称に大きな問題はないと思いますよ。
>何故なら、唯のヒトさんの当初の指摘とそれへの対応を…

先の投稿でも書いたように、話にすれ違いを生じるためやはり問題があると思います。唯のヒトさんの投稿も特定のケースを前提化しているフシが伺え、問題があると思います。(投稿姿勢もかなり問題ですが、その批判は割愛)

なぜなら、後述するように槍さんが「がんばれ」という声かけが正当化される事例をいくつか上げていますが、その状況は私が想定から外していたケースを含み、槍さんと同じ意見だからです。


>一般に「障害者」と呼ばれる方の多くはその途上にある可能性があります。
>従って、その「『可能な限りの社会適用』を終えるための努力」に対して、まず「頑張れ」という声かけは当然とすら言えるでしょう。

先天性の場合は、生まれた時からその状態です。そして健常であっても、生まれた状態では、何もできず様々な練習をする必要があります。互いにその外界との関わりにおける「器用さ」を獲得する幼少期を経て、さらなる社会適用のために学校(盲の方なら盲学校)に通うのではないでしょうか。

盲の方が盲学校に通うのは、主に点字ツールが汎用的でないからだと思います。そして、交通ルールなども目が見えるならば視覚情報によって標識を覚えて行動する訓練をしますが、そうでなければ触覚や聴覚情報によって標識を覚えて行動する訓練をするという違いがあるからだと思います。

何が言いたいかといいますと、障碍者が行っている何らかのプログラムは、その連続性から全て障碍からの社会適用力回復のような印象を受けますが、(特に先天性の場合は)健常者の学業プロセスの別仕様に過ぎないのではないかということです。少なくとも、その期間をリハビリといわれると違和感を感じます。

先の投稿の※で補足をしたのは、上記考え方からです。しかし、学生は学術についてチャレンジしていることであるので(私は違いましたがw)、チャレンジしていることに対してエールを送ることは当然だと思います。ただし、この場合は障碍に対してというよりも一般的な修習の徒に対しての意味合いが強いですが。

また、リハビリ期間にある人に対して、(不要なプレッシャーをかけないように)時と場合によりますが、エールを送ることは自然なことだと思います。この点が、前述の「後述するように」の部分であり、場合分けをしないと互いの当否が入り混じってしまうところだと思います。


>「『可能な限りの社会適用』を終えた後」であっても、例えば「より、以上のもの」を目指している人は数多くいます。
>パラリンピックなどはその典型的な例ですが、その様な方についてもやはり「乗り越えて頑張れ」という声かけは当然でしょう。

仰る通りです。故に先の投稿で「無理にチャレンジする事柄はない」という「無理に」という文言を付けさせていただいた次第です。これはつまり、任意にチャレンジすることはあっても、障碍者故の必須課題はないということです。

逆に言えば、チャレンジしなければいけない訳ではなく、チャレンジしていないで「ふつう」に生活している人たちも、「障碍者」と一括りにする中には多々いるということだと思います。

パラリンピック選手の事例は、(実は私が念頭に置いて明確に外した事例であり)槍さんと全く同意見です。ただし、それは何かにチャレンジしていることが明確だからです。私も見知らぬ健常者が普通に歩いていれば、「がんばれ」と声を掛けることはありませんが、マラソンをしていれば声を掛けるかもしれません。

(以下は槍さんがそう言っている・そう思っているという訳でなく、槍さん向けの反論ではないですが、関連して述べます。皆様、誤解無き様)

障碍者に対して、TVに出るような不屈のチャレンジ精神を持った猛烈なエリート像を一元的にイメージしてしまうことは、ともすればイメージの固定化(標準化)につながりかねず、逆にそれ以外の「ふつう」の人を怠け者のように見せてしまう恐れもあると思います。

障碍者は常に何かに向かって猛烈でなければならないということではなく、健常者だってまったりと生きている人はいるように、障碍者だってまったりと生きている人はいるし、その権利はあるのです。


>つまり 「『壁が存在することにより、不便を覚えている』ということを『第三者が認識し』、励まそうとしてくれている」という理解が成立し得るのです。

この理解こそ、傾奇者さんの言っていることを槍さんが自分の言葉で仰っているということだと思うのです。

No.128傾奇者さんのコメントより
それは健常者から見た壁です。だからその壁は健常者が造っているんです。

No.141同上
私は >>104 にて『両者の認識には高い壁があるのです。』って述べています。

また、私は先のコメントで、「不便」という概念は、当人のおかれた社会的条件・要請に基づいて変化するもの(標準という概念を経由して)であり、ふつうとは曖昧模糊としたものであるとの考えを示しています。


>「私のことは全然知らないはずのあなたが、私を励まそうとしてくれたんですね。ありがとう、大丈夫です(笑)」という認識にならないのですか?という指摘だったんですね。

「私のことを知らない」という部分のニュアンスが互い(私と槍さんで)に違っているのではないでしょうか。「私のことを知らない」というのは、私を個別的に知らないというよりも、私の抱える事象・事例を知らないというニュアンスが強いと思います。

例えば、末期ガンで入院していて本人も知っている場合に、お見舞いに来た人がよく事情を知らずに「いや~、すぐに良くなりますよ。病は気からです」なんて励ましてしまったら、本人は苦笑するか怒るのではないでしょうか。

これは、かなり極端な例えであり、障碍者への声掛けが、ここまでという意味ではないんですが、(個人的には知っているが)事情を知らない善意の励ましが好意的に受け取られない事例です。

ちなみに、卑近な例だと本社の権力闘争で負けた取締役の子会社社長への出向に際して行われた社長就任祝い(お別れ会w)で、事情を知らない若者が「いやー、社長就任おめでとうございます」なんて、言っちゃう事例もあったような・・・

つまり、事情を知らない励ましに対して、苦笑してしまうか怒ってしまうかする場面というのは、特に不思議ではないと思うんです。

今回の事例では見ず知らずの人からなので、「ああ、この人は(先天性の)障碍や障碍を持つ人のメンタリティについて、興味を持ったことがなく、よく知らないんだなぁ」という感想を抱かせるということではないでしょうか。


>スペシャルな方々、例えばオリンピックの選手だとか、何らかの能力人である…(中略)…声がけをするのでは?

私の言葉足らずですが、私がスペシャルで表現したかったことは、並列的な関係性であり、多様性という意味での仕様の違い(特別)です。一つの尺度における優劣関係上の特別という意味ではないです。例示の意味おいては、先進的な方々は何かにチャレンジしていますので、声がけすると思います。


>「初めて会った人」からも、「それでは。お仕事(勉強、受験、部活、何でもいいです)大変でしょうが、頑張って下さい」と社交辞令であっても励まされた時に

例示ではそうだと思います。エール対象が明確であり、実際にチャレンジしていることですから。では、私たちが初めて会った人から「生活大変でしょうが、頑張って下さい」と言われた場合はどうでしょう?

「なんで貴方から?」という上から目線を感じ取り、「いや、おなたに較べて慎ましやかかも知れませんが、それなりに普通に生活しています!」と反発されるのではないでしょうか。


>「人間レベルでも『受容』がまだ出来ていない」だけ

自分の事情もしくは客観的事実などについて、相手が「考え違い」をしている意見であっても、あえて指摘しないことは「大人レベル」ではあると思います。

しかし、自分の事情もしくは客観的事実などについて、違ったことを見聞した場合に、心の中に「それ、違うよ(それ、健常者の視点だよ。想像だよ)」という「感覚を覚えてしまう心理状態」を惹起してはいけないというのは、厳しくないでしょうか。

一般的な社会関係・人間レベルにおいても、事情を知らない善意のエールが反発心を惹起することがあるのは、前述の通りです。


>「頑張れ」という言葉かけは、「自分の努力を励まそうとしてくれるものであるとして、『きちんと受け入れられる』」。
>それが受容です。

頑張れという言葉かけは、相手の励ましのためにあるもの、すなわち相手のためにあるものだと思いますので、実際にも相手のためになるような運用が望ましいのではないかと思います。

つまり、批判する際とは違い、相手の事情・意見をベースに考慮し、こちらが受容していくということではないでしょうか。実際にも頑張る必要のない場面ですし。そうでなければ「小さな親切、大きなお世話」のような状況が発生してしまうと思うのです。

変な例えですが、「日本にいる外国人が困ったこと」というアンケートの回答に、「街を歩いていると、よく親切な人が一生懸命、英語で話しかけて来てくれるのですが、自分はフランス人で英語が分からないので困る。日本人の意識の中には英米人以外の外国人はいないの?」というものがあって、妙に合点してしまったのですが、その例をふと思い出してしまいました。


>「色々大変でしょうが、頑張って下さい」なら適切ですか?

先の投稿に書いたように言葉かけの当否は表面的に表れた問題で、障碍者観の違いこそが指摘点だと思います。しかし、その前提は置いておいて答えると、

そのニュアンスだと一般的な社交辞令とも被るので、何とも言えませんが、やはり「何が?」と思われてしまうような・・・

本質的な問題ではありませんが「頑張って下さい」と言わなければならないのでしょうか? 「おはよう」とか「こんにちは」とか世間話ではダメですか? そして、具体的に困っている様子ならば「お困りのようですが、何か手を貸しましょうか?」で良いのではないかと思います。私ってドライ?

あっ!!

>猫さん
>あんまし重くなる様な内容だと猫もコメントのしようがない訳さ
>そこそこにね そこそこに

私が横着して、ここで語っていたせいで・・・
いや、議論掲示板に参入すると、議論にどっぷり巻き込まれて、全ての皆さんの力作を読まなければならないので、面倒くさいんですよね。(笑)

ヲチだと、かいつまんで好きな部分にコメすれば良いだけだし。

自分の文章が長い奴に限って、人の文章を読むのが面倒くさいという。何たるセルフィッシュ!!

私もこの分野の議論に関しましては、重たい上によく分かっていない部分もありまして、できれば撤退したいです。



>槍さん

上記のように私の力量不足もありますので、できますれば撤退させて頂きたく。
もちろん、槍さんが反論権を行使した上でですが・・・

傾奇者さんの指摘がよく聞く話だということを述べさせていただきました。
これは当然、これだけをもって意見が正しいということではなく、一般的に存在するということです。

したがって、傾奇者さん以外の人間でも同じようにレスしてくると思います。逆に、槍さんの疑問もよく聞く話で、折り目正しいまっとうな疑問なのです。

なので、その分野の掲示板に意見を投下すれば、皆が食い付くかもしれません。ただ、基礎的な疑問というのは、往々にして本質的問題に直結しますので、議論するのに力量が必要とされる場合もあるので、安易に○○を読めば分かると言われるかもしれませんが(←こういう人は、実は自分でもよく分かっていない場合が多かったりしますw)


私も槍さんと同じ疑問を持ち、過去に対抗者の意見を取り入れたので、現在の見解に至っています。

うなぎ犬さんへ

「事実」と「認識」について、傾奇者さんへの反論が踏まえられていない部分もあります。
また、「生活が大変」という言葉は通常「金銭苦」を意味するものであって、それはさすがに(笑

反論をしたい部分もあり、納得のいく部分もあり、ですが、猫さんの意向、うなぎ犬さんの意向を酌んで私からの反論は控えます。
新しい記事もアップされたことですし。

ほんとだw

>槍さん
>また、「生活が大変」という言葉は通常「金銭苦」を意味するものであって、それはさすがに(笑

そうだ(笑)
自分の中で人生=生活と考えていたけど、「生活が大変」は「金銭苦」という特定の意味合いを含むものだったw
前述の例示は違うやりとりになってしまうので、一旦保留。

槍さんの指摘に感謝します。

やっと収束しましたね

うなぎ犬さん

>ヲチだと、かいつまんで好きな部分にコメすれば良いだけだし。

まったこw
下手に手を出すと苦労するか、自分の無知を晒すだけになる可能性が・・・
だからこそ、真正面から突撃されて、しかも博識ぶりを披露できる槍さんには感服します。

キクログの上から・・・エントリも収束したみたいだし^^;
ああいうDQNって完全に周りからDQN認定されても頑張るから最後はスルー推奨になるんですね。
何故、DQNはスルー推奨なのかがよく分かるエントリでした。それにしても忍の家さんの投稿が面白すぎたw
プロフィール

見下ろす猫

Author:見下ろす猫
セリエの生理学の真実がここにある
でも生理学のブログじゃなくてヲチブログだけどね

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。