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補 足

ブログ中 割りとPTSDの比率が高いのは
PTSDであれば【槍説】の成立が容易であること 
宮城の主張がPTSDの部分に集中していたこと
ヨン様【注2、3】で指摘した様な鞭丸出し状態であったこと
ソースが手に入れやすかったこと
などの理由によるものであり 被告がPTSDであると断定するものでも
それを前提としなければ成立しないと言うのでもない
実際【槍説17】PTSDという概念を除いても成立する

また”大量”については全く前提でも必要条件でもない上 
ブログでも袋叩きのヨン様 で述べた通りヨン様の主張では精神的
ストレスでのオピオイド=大量であると結論づけられる
ため完全に
スルーしてきたが 一応以下の様に考察できる

まず何をもって”大量”と定義するかであるが
”多幸感や認知の減弱”が起こると明らかに観察出来るのは人間である
しかしまさか”それらの作用に関わる研究の全てで脳内のオピオイド
濃度を測定している”などと言うことはあり得ないだろう
つまり”大量”というのはmgだのpgだのという単位による絶対的基準を
持つものではなく ”比較的基準”ではないか
と考えられるのだ

では比較するもの つまり”少量”分泌は一体どのようなものか
そこで重要な参考と思われるのがたかじん2009/02/13 (Fri) 14:49の
槍の投稿である
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
>ちなみにマラソンランナーが強い現実感の喪失を持たないのは、
1.分泌を促す刺激としてそれ程強くない
2.分泌目的が、肉体的な苦痛からの解放である
3.オピオイドの持つ鎮痛効果が極めて強いため、少量でも肉体的な苦痛からは解放される
からですよ。

それに対して、「強烈な『精神的』ストレスから解放される」ためには「現実感の喪失が起こる程度」分泌され
なければ意味がない
のです。

日常の中くらいのストレスでは、そこまで大量に分泌されずともランナーズハイの様に「ほんのちょっと気分が
良くなる程度」でも目的が達成されるので「その程度の量と効果」で済むのでしょうが。

あなたが自分で言ってる通り、「オピオイドは、何の意味もなく放出されるのではなく、目的があって放出される」
のですから、目的を果たすに必要な量が分泌されるのは当然ですね。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
何とも明快であるが つまり
1 オピオイドの身体的鎮痛作用は極めて強い
  だからある程度の身体的苦痛だけを抑えるならば”少量”で良い
 (モルヒネの7倍近い鎮痛作用があると言うことは つまりモルヒネの
  1/7の量でも同程度の鎮痛作用をもたらすということであるから
  それだけ”多幸感や現実の認知の低下”が少ないのも道理)
2 精神的ストレスであってもほんの少し気分が良くなるという程度で
  解決され得る小さなものなら”少量”で良い
 (日常的な社会ストレスでの分泌は 結 論 のソース4の通り
  学術的常識なのである)
3 しかしそれより遥かに強い衝撃を受けるもの 現実の認知を低下させ
  なければ軽減出来ないような強烈なストレスについては それに必要
  とされる分の量が分泌される

というメカニズムである という訳だが 単純に考えて1、2と比べ
3は”大量”である
ということになる つまりぶっちゃけ
”大量分泌であれば現実の認知を喪失することがある”のではなく
現実の認知を喪失するまでの分泌量が大量分泌と定義出来る”のである


その意味では”強烈な”精神ストレスでのオピオイド分泌=大量は
あながち誤りではないと言えるだろう

だがオピオイドの感受性に強い個人差があることは判っており
また【槍説17】にある通りオピオイドの感受性が上がる場合がある
つまり絶対量としては”少量”であっても十分に現実の認知を減弱させる
場合がある
ので(これが【槍説】がオピオイドの量を問題としない理由)
”絶対量として多いか少ないかという話ではない”
ということを再確認しておきたい
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セリエの生理学の真実がここにある
でも生理学のブログじゃなくてヲチブログだけどね

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